才能が膨らんでいって、どんどんカオスになっていく。そんな組織になればいい。

(本記事は2017.02.13に「サイルNEWS」にて掲載されたものです)

聞き手:伊藤秋廣(エーアイプロダクション

アルゼンチン、インド、ベトナム、インドネシア、韓国、ドイツ、そして日本の7ヶ国籍メンバーが在籍し、全員が複数の名刺・肩書きを持つ『Konel(コネル)』。その特殊な組織が形成されるまでの過程と、サイルとも提携している日本橋のシェアビル『馬喰町FACTORY』のこれからについて聞きました。

人一倍責任感が強い人たちが集まっているから成立する

多国籍メンバーで構成され、しかも全員が複数の名刺・肩書きを持ち、関係し合う。そんな特殊な集団は意図的に形成されたのではなく、あくまで“結果的にそうなった”のだと、創業メンバーの出村光世さんと荻野靖洋さんは語ります。

「僕ら二人の出会いは大学生の頃、一緒にバンドを組んでいた時代に遡ります。良くも悪くも音楽の好みが偏っていて、“これがカッコいい、これはカッコよくない”という感覚が近く、共通言語ができていました。“1を言うと10伝わる”ような感覚がありました。だから創業時、荻野に対して熱烈にオファーを入れましたね」という出村さん。

当時、自身は大学を卒業した後に入社した外資のコンサル会社で、ITや事業立ち上げに関する左脳的な業務に従事して4年が経過。より右脳を活かし、“モノづくり”というカタチでアウトプットできる環境を持ちたいと考えるようになり、デザイン会社設立を目論んでいたといいます。

一方の荻野さんは、大学在学中から、Web系ベンチャーに就職してエンジニアに。その後、フリーランスとして独立を果たすタイミングでKonelに参加することとなります。

「僕はフリーランスという立場で、ひとりでデザインからプログラミングまでをこなしていたので、プロデューサーとして出村がフロントに立ってくれることは大きな魅力で、より制作に専念できる体制を得られると考えました。以降、フリーランサーとKonel、さらにもう一社ベンチャー企業のボードメンバーとしての3つの顔を持ちながら活動を続けることになります」

出村さんは創業後、しばらくはKonelの運営に専念し、当初はWeb制作のプロデュースをメイン業務にしていたのですが、大胆な業種転換でもあったため、その状態ではブレークスルーのハードルが高いと判断。クリエイティブ事業の商流を俯瞰できる会社に身を置き、成長のスピードを早めようと考え、大手広告代理店に就職し、二足のわらじを履くことになります。

「大手広告代理店は”10を100”にする、すなわち広告予算を潤沢に取れる企業、調子の良い企業や商品をもっと元気にする仕事が得意。一方で、スタートアップ企業の名もない商品をプロモートするような“1を10”にする仕事や、商品開発・企業の立上げといった“0を1”にするような仕事は、その後の大規模な予算獲得の確度が高くないと、なかなかいいチームは組みにくい。 “0 → 1 → 10 → 100”のすべてのフェーズで、クライアントと長期的なパートナーシップを組みたいという気持ちが強まり、企画・制作を得意とするKonelとメディアバイイングをカバーできる広告代理店の二足のわらじを履くことをポジティブに捉えています」

やがて創業メンバーを中心に徐々にメンバーが集結。決して意図していたわけではないのですが、気がついたら多国籍で、全員が複数の名刺や肩書きを持つという組織スタイルに。しかし、決して“片手間集団”になっているわけではないと出村さんは強調する。

「人一倍責任感が強く、コミットメントが強い人たちの集団だから、兼業が成り立っているのです。仕事と遊びの境目が薄い人たちばかりで、両方の仕事が楽しいからやっている。いうなれば、“人生を楽しむことにわがまま”なメンバーが集まっていますね」

結果的な多国籍組織

7ヶ国籍のメンバーが在籍するという、現在の体制となるに至ったのも、また“結果的にそうなった”のだと出村さんはいいます。

「荻野が小中高生時代をオランダで過ごし、Konel設立後も、海外の仕事を請け負っていたこともあって、当初からグローバルという目線はありましたが、最初から多国籍のメンバーを揃えようという意図はありませんでした」

まずは腕の立つ韓国籍のアートディレクターとタッグを組みました。昨年は経済産業省の国際化促進インターンシップの受託事業として3カ国から3名のインターン生を受け入れ。そのタイミングで人材募集をしたら、さらに外国籍の方の応募があったのだといいます。

「もちろん、外国人限定で求人を発信したわけでなく、応募された方々をフラットに評価させていただいた結果、アルゼンチンのデザイナーとインドのデジタルマーケッターを採用するに至りました」

多国籍のメンバーをチームとしてまとめるため、出村さんは新メンバーがジョインする際に、共有すべきコンセプトやルールを明確に示すことからはじめるそうです。

「Konelが最も大切にしているのは“越境”です。デザイナーがプログラムに関心を持ち、エンジニアがビジュアライズにこだわる。それぞれの得意領域に踏み込んで、ナレッジシェア・スキルシェアを進める。そういうスタンスに共感するメンバーを集めています。また、全員が何かを作る専門家であると同時に、企画ができる“プランナー”であれと定めたところ、クリエイターのモチベーションが高まり、よい指針だと実感してきています」

現在は、デザインなどクライアントワークの領域においても外国籍のメンバーが活躍。アルゼンチン国籍のネラさんは、Konelの雰囲気がクリエイティブに適した環境にあるといいます。

「Konelは気楽に相談できる雰囲気があるし、色々な国籍の人がいるので、視点が広い。アルゼンチン人は考えていることをそのままストレートに口にする習慣があるので、過去に属していた日本企業では発言に角が立ってしまうこともありました。Konelのストレートトークできる環境はクリエイティブワークに必須だと感じています」

デジタルマーケティングを担当するインド国籍のシュウェテルさんも、Konelの多様な雰囲気に魅力を感じているのだといいます。

「日本にやってきたばかりなので、ここは私にとって出会いの場になっています。日本人だけでなく、ドイツやアルゼンチンの方の話を聞くことにもメリットを感じています。これまでインドとロンドンでデジタルマーケティングを担当してきた、そのキャリアを活かしながら、Konelという会社を通じて、日本における自分のベースを築いていきたいと思い、ジョインしました」

ファウンダーの2人とは学生時代からの付き合いだという日本人の小泉さんは「多様な人たちがいるから意見もズバッといえるし、吸収もしやすい。色々な人とフラットの意見を交換してチャレンジするのも楽しいし、ここにいると好きなものを自分の中で増やしていけるのかなと思っています」と言います。

モノづくりが好きな人が交差する場所に

そんなKonelが日本橋に「馬喰町FACTORY」という名のコワーキングスペースをオープン。これまではマスメディアやインターネットの視点で、いかに多くの人たちに物事を伝えていけるかをゴールとしてやってきたKonelが、ものすごく限定された世界で、限られた人たちだけにサービスを提供したらどうなるか?それが知りたくて実験的に立ち上げたといいます。

「この場所に限らず、色々な土地に物件を作っていきたくて。世界を転々としながら、あちこちに行く理由がある人生の方が楽しいよねという話は、従来からメンバー同士で語っていました。そんなある日、馬喰町の刺激的な物件を見て、思わず契約しました。まずは箱が見つかって、そのあとに具を詰めていった感じです。築50年の元スカーフ問屋をリノベーションし、、アートスペース(1階)とシェアオフィス(2階)、貸会議室(3階)を整備。モノづくりが好きな人が交差するような場所にしていきたいですね」と出村さん。

「2017年の春に向けて、屋上を緑化する計画を進めています。青空の下でプログラミングしたり、開発合宿の際に屋上でBBQができると、よりモノづくりが加速すると期待しています。この馬喰町FACTORYが、企業やフリーランスの方々がインスパイアしあえる場所になればいいと思っています。」と荻野さん。

出村さんは「僕たちが得意なことだけをやっていくのではなく、人が人を呼び、様々な技術を取り込んでいって、才能が膨らんでいくような組織になると楽しいかなと思っています。そうなると、どんどんできることの選択肢が増えていく。だから、来年は何やっているかわからないし、どんどんカオスになっていけばいいと思いますね。その方が絶対にワクワクする」

この先もどんどん姿形を変えながら進化していくKonel。ありきたりな未来像が見えないからこそ、そこで働く人も、そこに繋がっていく人も、ワクワクし続けることができるのかもしれません。

馬喰町FACTORY
住所:東京都中央区日本橋馬喰町2-6-4F
URL:http://factory.place/

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