自分にしか演じることのできない世界がある

舞台やTVドラマ、映画、ドキュメンタリーなど幅広いフィールドで活躍する俳優・田村幸士氏。演技と向き合う自らの姿勢の“原点”について、とても静かな口調で語りはじめる。

「演じる役柄に対するアプローチは、役者それぞれに違ってくるとはと思います。その役に憑依する人もいれば、役を客観視する人もいる。私は、どちらかというと後者のタイプでしょう。それには、これまでの自分の生き方が色濃く現れている。常に周囲の空気を敏感に感じ取り、人の目を気にしながらがら生きてきたからなのでしょう」

父親は田村亮、伯父は田村高廣・田村正和、そして祖父は昭和を代表する名優・阪東妻三郎という、あまりにも有名な俳優家系に生まれ育った。少年時代からずっと、周囲の大人たちに聞かされてきた言葉があったという。

「小さな頃から僕には“正和の甥”“亮の息子”という前置詞があった。周囲の人たちからは『あなたが悪いことをしたら、お父さんや伯父さんのお仕事がなくなっちゃうから。あなたは良い子でいなくてはいけないのよ』と言われ続けてきたのです」

父のことも伯父である高廣さん・正和さんのことも好きだった。だから彼は、その言葉を素直に受け止める。いや、少しだけ無理をして受け止めざるを得なかったのかもしれない。

「自分のためというより親のために、人からどういう風に見られていて、それに対してどのように行動すればいいのか。そんなことを常に考えながら行動していたので、自分の人生すら客観視する習慣が身に染み着いてしまったのでしょう」

学生時代から、役者にならないかという誘いはいくつもあった。ところが彼の中には、それとはまったく別な思いがあったという。

「自分のやりたいことで、前置詞のない自分として認められるような仕事に就きたいと。2世、3世なんて、まっぴらごめんだと思っていましたね」

大学を卒業してIT企業に就職。それからスポーツ選手をマネジメントする企業へと転職を果たした。

「学生時代からスポーツが大好きでしたからね。その会社では日韓ワールドカップやソルトレイク五輪に出場する選手たちのサポートをしていました」

スポーツを支援する立場になって、日本のスポーツ界の問題点がいくつか見えてきた。人気スポーツとそうでないスポーツの格差、日本では欧米と違って「観に行く」という文化が成熟していないため興行として成立しにくく、結果、選手や育成へ還元することができない。そんな現状を目にするにつれ、自分が何か役に立てないかと考えるようになった。

「日本のスポーツを盛り立てるにはマスコミの力が不可欠。そこで番組製作会社に転職してマスコミ側からスポーツを盛り上げたいと模索していたんです。でも新人ですし、若かったですから、甘い企画書を書いてもなかなか採用されません。それよりも、まずは“現場を覚えよう”と、NHKに出向。ADとして日々、番組の制作に携わっていたのです」

TV制作の現場に立って改めて、内側からでなく外側から俳優家系としての田村家を客観視することになる。

「番組のプロデューサーが、僕の知らない、業界における田村家のすごさみたいなものを教えてくれる。さらに当時、朝の連ドラに出演していた高廣伯父さんの演技を初めて目の当たりにして驚いたし、特集番組の編集に携わった時に、はじめて祖父の映像をしっかり見て、感動を覚えて涙してしまいました。僕が知っているようで知らなかった田村家がそこにあったのです。いちテレビマンとして客観的にそれを評価できたのと同時に、歌舞伎のように継承できるわけではないけれども、この素晴らしい人たちが作ってきた田村という俳優一家を絶やしたくないと思ったのです

もちろん、不安もあった。すでに年齢は30に近く、これまで歩んできた人生というものがある。“親の七光り”と言われるのも嫌だ。葛藤する中、一人の親友の言葉が背中を押してくれた。

「世界で活躍した元アルペンスキーヤーの皆川賢太郎は僕の人生の中で唯一、心を割って相談できる相手。彼は『田村家の三代目と言えるのは、全地球上でたったひとり。それって本当にすごいことだよ。いつも控えめだったお前もいいけれど、戦っていける武器を生まれつき持っているということをありがたく受け止めて、生かすべきだって、オレはずっと思っていた』といってくれました」

今は素直に前置詞を受け止め、それに甘んじるのではなくストイックに、そんな恵まれた環境にある自分にしかできない役作りを確立しつつある。“田村正和の甥”と言われることに抵抗はなく、「似てなくてごめんね」と笑っていえるようになった。すべてを素直に受け止めるようになって、“自然体”という言葉がしっくりくるようになったという。

「今までのキャリアは確実に生きていると思っています。サラリーマンを体験したこと、スポーツ振興に身を投じたこと、テレビマンとして番組の裏方を支えたこと、多様な僕が僕の中に備わっています。個性を押しつけるのではなく、遅咲きのこんな僕にしかできない生き方がある。それが僕の持ち味だと自信を持って言うことができます

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インタビュアー・伊藤秋廣(エーアイプロダクション

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